民家の改修増築を終えて
古い民家の改修増築を手掛けた。この5月で竣工後ちょうど一年がたつ。
「この一年間、四季を通してとても気持ち良く快適に過ごせました。」
ある日、住まい手からこんな便りが届き、とても安心すると同時に喜びもひとしおだった。
初めて経験する古い家の増改築。産直で杉材を入れ、それを伝統的な継ぎ手の方法で組んだり、竹小舞いに土壁を付け砂漆喰で仕上げ、そこにOMソーラーを組み込む。一挙にいろんなことを盛り込んだ試みだったので、正直のところ、はたしてどの程度思う通りの効果が得られるかがとても心配だった。
振り返れば三年前。駅前の住宅分譲地の一画に新居を建てるつもりでご夫婦が相談に来られた。親子6人で暮らす、自然素材で造る木造二階建ての予定である。
庭の畑で野菜を作って楽しんだり、全てをいっきに造りきるのではなく、自分達も参加したいといった希望を聞くうち、ふとこんな話がこぼれた。
「実は家内が生まれ育った築80年の古い家を改修して住みたかったのだが、『傷みがひどいし、侵入路もとても狭く工事が大変だろうから絶対やめておけ』と、まわりから大反対をうけ、結局あきらめて分譲地に新築することにした。」
とのことだった。しかし、大変残念そうで、内心はとてもあきらめきれないといった様子だったので、とにかく一度その家を見てみることにした。
現地に行ってみると廻りはどんどん開発されていく中、そこだけ取り残されたように古い家が建ち並ぶ、造り酒屋やお寺などもある一画である。車一台がやっと通り抜けられるほどの細い坂道を上がると、その奥に木々に囲まれるようにしてこの家は建っていた。
まるで、その場所にしっかりと根を張って立ち尽くす大樹のように、まわりの風景と一体となり見事に調和している。もともとは隣のお寺の客殿として建てられた家なのだそうだが、けっして贅を尽くした普請ではなく、質素な造りの民家である。
たしかに、中に入るとほんのりカビ臭く、傷みもひどい。腐って床を踏み抜きそうなところもあるくらいで、縁の下を覗くと柱の根元も、根太や大引もかなり傷んでいる。土台も一部下がって建てつけが少し悪くなっているほどだ。
しかし、床より上はまだまだしっかりしている様子で、竈の煙りで煤けた小屋裏には手斧ではつられた真っ黒になった太鼓梁が、そのアテの曲がりを絶妙に生かしながらがっちりと組まれており、少しの隙もない。見ていると当時の造り手の気迫がひしひしと伝わってくると同時に、長い間この家を住み継いだ人達の生活の温もりのようなものを感じた。
まだ生きているこの家を捨ててしまうのはかわいそうだ。それにもったいない。
『是非これを生かして、楽しい家を造ろう!』
施主と意気が合った。改修増築計画の始まりである。
どうせなら、その古い造りにならった工法や材料を選んでいきたいと思うが、なにぶん初めてのことでわからないことばかりだ。基礎石と柱の取り合い、柱梁の仕口とその組み方、竹小舞いの納まり。様々な資料を調べたり、職人さん達に相談してみたり。とにかく初めは手探り状態だった。
進めていくうちに、それまで土や木しかないころの古臭い工法だと思っていたことが、実はそうではないとわかってきた。たとえば金物にたよらない伝統的な木組みによる架構。これは木材の曲げ・めり込み強度を十分に生かす組み方で、全体を篭のように固めて、粘り強い構造体を造ることができる。大きな外力がかかってもしなってエネルギーを吸収する、いわゆる免震構造のようだ。それに、一つづつ手作業で丁寧に刻み込まれた仕口は実に手造りの味わいにあふれている。
また竹小舞いの土壁は、その程よい蓄熱・吸放湿能力により室内環境を夏涼しく、冬は暖かく保ち、かつ、湿気を吸ったり吐いたりすることでとても快適にしてくれる。それに最近の実験では、丁寧に塗り重ねた土壁は、基準法の評価よりもはるかに強度が高い壁になり、耐震要素としても充分期待ができそうだという結果が出ている。またそれに加えなんといっても仕上げのバリエーションが多く、表情豊かで意匠的にもとても魅力的だ。
このように伝統工法には、身近な素材を使いながらその特長を十分に引き出し、家造りに生かす知恵がたくさんつまっている。
さて設計を終えいよいよ施工がはじまると、当初、「なんで今さらこんな古臭い昔の造り方をするんだい。」なんて言っていた大工さん達も、むしろこちらよりも本腰が入ってくる。「これこそ日本の大工のわざだ!」と言わんばかりだ。
腐った柱の根継ぎをして下がったレベルを直し、一部台敷きを差し換え、床をすべて架け替えたり、煤けた漆喰壁をはがして塗り直す。始まってみると驚く事に、これらの改修作業は特に大掛かりな重機を使うわけでもなく、思っていたよりはるかに容易に事が進んでいく。構造体が露出し、小屋裏や床下にも入りやすい造りは、傷んだ箇所の発見も容易だし、改修工事もやりやすいのだ。昔の匠達は、家を永く住み継ぐためにはどう造っておくべきかということをもちゃんと考えていたのだろう。
まるで流行ファッションのごとく表装をデザインされて建ち並んでいく国籍不明の住宅。
『なんとなく古びて飽きてしまったり、生活スタイルに合わなくなった。』という理由で簡単にあきらめて捨てさられ、今や平均寿命は30年にも満たないという。木が柱や梁に使えるまでに育つためには少なくとも50〜60年という歳月が必要だというのに、これではいかにも短命すぎる。
今回この民家の改修で伝統的な工法に接してみて、これが決して、埃をかぶってしまった過去の技術ではなく、むしろ大変優れたものであるということを実感した。
残念ながら今の建築基準にはなじまない部分も多く、そのまま実現することは難しいが、この日本の気候風土に根ざし、とても永い間試行錯誤を繰り返しながら培われてきた文化ともいえるこのすばらしい技術。今後さらに謙虚に学び、これからの家造りの中に生かしていきたいと思う。